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アーカイブ: 2015年4月

iBeaconへの思い


既存のiBeaconを使ったサービスはポイント付与に終始してるなと思います。

O2Oの目的って、普段、そのお店に行かないユーザーを送客することだと思ってるんですね。あるいは見込み客の最後の決断の所の背中を押してあげること。特に何もしなくても普段通りに行くであろう人が対象だとO2Oの目的は果たさない。

例えば、カラオケのキャッチってあるじゃないですか。

あれ、ビル下で待機してて、店のビルに入っていく客皆に声をかけて、たまたまその人が自分の店に行く場合でもキャッチにポイントが入ったりするんですよ。それは販促でもO2Oでも何でもない、ただのご案内やんけと。従来のiBeaconの事業モデルもそれと同じレベルだと感じています。

そうではなく、もっと違う形の利用シーンが現れると思う。iBeaconのユニークな利用シーン、ユニークなコンセプト、ユニークな仕掛け。

iBeacon押しの、パパッと炒めたiBeaconの野菜炒めですみたいなビジネスモデルの提案ではなく、一煮立ちさせるとiBeaconが浮き出てくるみたいな、深い料理の仕方をしていこうと思ってる。

ただのポイントやスタンプのばら撒きではなくもっと強い動機付けを提供出来るか。

そのためには、ユーザーがiBeaconを知ってるありきでサービス設計してたら市場は出来ない。ユーザーに寄り添う形、その謙虚さが市場を作る。

「挑戦」ではなく、それはただの「確認」。


短期間で挑戦し失敗し、成長サイクルを回すのがスタートアップと言うが、僕含め、多くのベンチャーは挑戦すらさせてもらってないと思います。

「精一杯やってみた。でもダメだったね。」

「うまくいかなかったね。」

元々0なものがやっぱり0だったって言うのは「挑戦」じゃない。それはただの「確認」作業です。簡単に挑戦したなんて思うべきじゃない。

例えば、どベンチャーが新規事業を立ち上げようとして打てる打率は1oo打席中、3本か4本くらいではないでしょうか。実際、この2年間、100個とは言わないですが20回は打席に立ったかと思います。その中で厳選された事業が2つ程残りました。

それでは、残りの18個はどこにいったか?

「挑戦」でなく「確認」と同様、「成功」の反対は「失敗」ではありません。何もない、「無」です。勝ちか負けかじゃない。勝ちか無か。本当に何もない。この事実に愕然とする。

壁にぶち当たるとかではなく、壁すらないことに絶望する。そこに意味はない。負けないことで得るものは何もない。勝たなければ刻めない。

起業は、決着のつかないことの連続ですよ。だからこそ、無理にでも決着をつけたいのかもしれない。

そういう姿勢は、挑戦や失敗のハードルをどんどん下げていくんだろうなと。そうすることのメリットはあるにせよ、ただ過保護なだけじゃんとも思ってしまう。

もちろん、何を持って収穫とするかは当事者の感じ方なので、外野の人間がそれをジャッジする話ではないのですが、ベンチャー界隈の格言って、ちょっと落ち着こうぜと思うことが多い。

「常識を打ち壊している俺」論的発言のアンチテーゼ


いわゆるベンチャー界隈で言われている「常識を打ち壊している俺」論的発言をいかに打ち壊していくかという所に僕の立ち位置があり、そこに真実があり、その領域をカバーしていきたいと思っています。

例えば、「ビジネスは何をやるより誰とやるか」「早く挑戦して早く失敗しろ!」など。

新規事業創出に挑むメンタル②野菜作り編


新規事業創出に挑むメンタル①サッカー編を野菜作りを例に考えると、

初めは大々的に出来ないからまずはこじんまりとした畑や工具を借りて、種を購入するわけですね。これが初期投資というやつ。

で、人も雇えないからもちろん自分で耕すわけですよ。それで水や肥料を撒いて、「まだかなまだかな」

「まなかな…?」

「芦田愛菜だよ!」みたいなことを考えながら芽が出るのをじっと待つと。

ただ、中々出ない。

よく見たら、初期投資で買った種はそこまで品質の良いものではなく、農夫のあなたが手塩にかけて長い時間をかけてようやく花開くという注意書きがある。

仕方ないから水をやり肥料をやるルーティンーンを繰り返す。

そんな日常をこなしているとだんだん惰性になってくるし、もしこの種が芽が出なかったら…と不安に駆られるわけです。かと言って初期投資でお金使っちゃったし、まだ何一つ収穫出来てないわけだからお金に換える商品もない。

そこで、他の農場を手伝ったり(アプリの受託開発)借りたり(借金や資金調達)しながら何とかお金を用意してもう一つ畑を借る。種を買って水を撒き、肥料をあげる。

つまり、これで事業の種を二つ持ったというわけです。

一つを見張ってるよりは二つ、あるいは三つ四つと、事業の種の成長の可能性を持っていた方が心が健全。

ベンチャーとはこういうことが出来る体制をいかに作るかが重要だと思うんですよね。いや、重要と決めつけるわけではなく、少なくとも僕はそういう考えでした。

実際、一つのことが待機状態になることってけっこうある。入金待ちとか、パートナーの返事待ちとか。

その時に一度リセットというかなきものとして割り切って、100%の力でまた別のことが出来るのか。頭の切り替えや心の強さ、図々しさをコントロールするシーンはかなりあったなと(ちなみに、こんなこと書いてるけど、そこまでコントロール出来ていたわけではないかと自分では思ってますが)。

だから、こういう戦い方が出来なくなるような縛りは持つ気がなかった。

結論はやはり、100回挑戦出来るかどうかだと思うんですよ。ただ単に商売をしたいのであれば別ですが、仕組みを作るような事業、いわゆるイノベーションを起こすためにはね。

横陣と偃月(えんげつ)の陣


点と線とはまた違った発想で、言い換えるなら面と点ということになります。どういうことかと言いますと、僕はアプリ開発という、けっこうざっくりとした「面」を事業として会社を作りました。面ゆえに広範囲を拾えると思ったからです。

実際、それで良かったと思います。引き合いは強かったし、色々声をかけてもらうことが多かった。

このように、特出した強みがない人が事業を起こす場合、「点」ではなくまず面で攻めると良いと思います。いや、面で攻める(引き気味に戦う)しかないと思います。

ちなみに、この、面攻めや点攻めの形を武田八陣形で例えると面を横陣、点を偃月の陣と言うのでこのタイトルです。

しかし、横陣ゆえの悩み、突き抜ける点がないというコンプレックスが直後に湧き上がりました。売りは何?取り柄は?会社のアイデンティティーは?

そのコンプレックスを2年に渡ってこじらせることになるとは、この時の僕は思いもしませんでした。しかも、広範囲をカバーということは、多様な声をキャッチアップ出来る反面、それだけ痛みも大きい。余計な体力を消耗する。 それをただひたすら耐えに耐える必要もあります(これはブログの最後に書いてあります)。

一方、最初から点を取りに行く起業の仕方もあるのかなと。それがいわゆるスタートアップと呼ばれる形態です。スタートアップはプロダクトという点を作りにいきます。それも最速で。偃月の陣を敷きます。

その点一つにギュッと凝縮させる必要があるので、確かに仲間が必要だし、ファイナンス戦略も必要。身の丈以上のスポード感で突き抜けていく。

ここからは個人の考え方、価値観の差なので、どっちが正しいとかではないのですが、僕は結果として面から行って良かったと思っています。

確かに時間はかかるけど、それゆえに点の作り方を地に足付けてやれたから。面でぶつかっていくと、どこかできっと突き抜ける点ってのが出来てくる。事業領域が勝手に狭められていくと言いますか。

例えば僕なら「iBeacon」からの「G2O」。それらを繋いで点にしていくという感覚が点と線の心境に繋がるわけです。横陣から円推の陣形を組むことで強い事業ドメインが複数出来て、どこからでも突撃出来る相当イケイケな円推の陣形になった。

これがもし、最初から点を取りに行っていたら、かなり早い段階でピボット、ピボットくらいならいいけど、もうどうにもならなくて事業自体を畳んでしまったり、本人自身どうしていいかよく分からない中で日常業務を送っているリビングデッドな状態、ファイナンス面で不利な条件巻かれている状態になっていたと思います。脆弱な状態からいきなり点を当てるのはとことん難しいという印象です。

一点突破で突撃していけば確かに失敗は起こりうる。瓦解する。横陣でいる限り明確な失敗はない。「挑戦」ではなく、それはただの「確認」。

サバイブすることが何より大事だと考えます。やっぱり自分で100回動ける環境を作ること(100回やっていいとこ3回くらいかな、打率の話)。面から広範囲にカバーしていた方が長生き出来るという観点で、「面から入って良かった」という結論に繋がるわけです。

そして、その環境を維持するためには、限りなく少人数、むしろ一人起業(自分自身の深みに潜っていきながら孤独と向き合える人間の方が強い。その過程をすっ飛ばして「仲間が」とか絶対に言わなかった。)、シード出資を受けない(潰れるってことが100%ありえない会社を作ろう。)など、他にも結果として良かったなと思える道を何となく歩んできたのかなと回想出来るわけです。

ただ、今っぽいのは点から行くやり方だと思います。スピードとエコシステムの構築が大きいですね。

面を取ろうとしても今の時代コロコロ変わります。本気で面を制覇するには時間がかかり過ぎです。だから早くから一店突破を狙える偃月の陣は適しているのかなと。

エコシステムが整備されていることに関しては、パイの奪い合いと言うより、それぞれ特化したものを再編成し、一丸となってバリューを提供していこうみたいな機運が高まっているので、何だかよく分からない感じになってしまっているグダグダな横陣組んでいる部隊より、突き抜けられる、そんな勢いのある部隊の方が声がかかり易いような気がします(それゆえに「編成されている感」がついて回るとも思いますが)。

話戻ってしまって申し訳ないですが、横陣ゆえのコンプレックスというのは半端なくて、自分の横で陣形を作る部隊たちは偃月の陣でガンガン突撃していく。その横で自分は横陣のまま、「まだだ、まだまだ」と高まる機運を抑え続けなければいけないわけです(ちなみに、その機運というのは自分の中の声という意味です)。

こっちの意図は軍師と俺しか分からない、腹の中を教えられないから、外部(これも物理的な存在ではなく、自分の中の焦りや苛立ちという意味)からの「まだかまだか」というプレッシャーに押しつぶされそうになる。そりゃあ、ユーザーに戦略や企画意図が透けてしまうのはプロモーション的失敗と知りながら、なぜついついそれを語りたくなるのだろう。という心理状態にもなる。だからこそストイックに。「どや!」の前借りはあまりしない。

もし点をから攻めたいのなら僕のアドバイスはあまり役に立たない。それらは全然違う脳みその使い方だと思う。

ただ、横陣を組みなら多少参考になるのではないでしょうか。

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