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アーカイブ: 2015年5月2日

二人に話しかけた場合、得するのは…


自分ともう一人いて、例えば上司がどちらというでもなくその二人に対して仕事の説明をした場合、先にリアクションした方、あるいは上司にとって心地よりリアクションをした方に話しかけることに自然となります。

そう考えると、そのような返事、うなずきが出来る人間の方がチャンスを得やすい。

地獄の俺②


すいません。好評かどうかは知りませんが、早くも地獄のミ◯ワっぽいことを思いついたので言っていいですか?

「ちょっと待って。モテるフラグが立ってる感じが嫌。」

地獄の俺①


すいません。

地獄のミ◯ワっぽいことを思いついたので言っていいですか?

「女心は分からない。ただ、女心をときめかすことなら分かる。」

好評でしたら地獄の俺シリーズを続けていきたいと思います。

不確実性との戦い


これはもう、自分の十代や二十代で起こるほとんど全ての悩みや苦しみの根源だったと思いますし、僕に限らず多くの若者も同じではないでしょうか。全ての人に読んでもらいたい記事です。今あなたが背負うその苦しみの原因は全てこれなんだよと。

「いつまでこのままなん?」「いつになったら抜け出せるん?」

毎日毎分毎秒、本当に襲ってくるんですね。この感覚が。そんな時、自分のメンタルをどうコントロールしていくか、この問いかけに押し潰されないようにするために、どう心を保っていくか。

1日何時間勉強や仕事するとか、寝ないで頑張るとか、もやしばっか食って過ごすとか遊ばないようにするとか、実はそんなことはそこまで苦行ではない(もしそれを苦行だと感じるなら、それはもう論外。君に何かを挑戦する資格はない)。

本当に厳しいのは、仮にそれをやったとしても結果が伴う保証がないという点。果たしてこの作業にどれほどの意味があるのかと、そんなことをきっと何回も自問自答すると思います。

そして、その自問に対して「それでもやる!」と答えを出すこと、それが俗に言う、「自分に打ち勝つ」とか「限界を越えろ」とか、割と巷で流布されているアドバイスとして言語化されてる正体。

これから1年間、1日15時間毎日欠かさず勉強すれば確実に東大に受かると保証されたら、多くの受験生は頑張れると思う。でも、そんな保証ないじゃないですか。

100万円分宝クジを買えば絶対その中に3億円の当たりがある。それが分かってたら、多分買うでしょう。何とか100万円をかき集めてくる。でも、やっぱりそんな確証はない。不確実。

だから勉強しない、だから買わない。そう、それは普通の発想。当たり前のリアクション。

どれくらの分量かも分からない、制限時間があるかもしれない。ライバルがいるのか、そもそも本当にゴールがあるのかも分からない…

そんな状態だったとしたら、きっと挑戦する人は激減するはず。

ただ、冷静に考えて、そんな根拠はない。あるわけがない。

だから、根拠となるくらいまで自分を信じる。根拠のない自信、これが不確実なものと戦っていくための依り代になる。例え、根拠のない自信ばっかりと揶揄されようと、もうそれくらいしかない。自分を信じるってのは、口で言う程容易いことじゃない。

夢を叶えるとか、小手先の「自分を信じる」では全然足りなくて、自分に依る、自分に依存するくらいじゃないと足らない。

不確実なものと戦っていく中で絶対に見失う。見失いかける。何度も何度も。

かの有名ミュージシャンMr.Children、俗に言うミスチルは「 tomorrow never knows」という名曲の中でこう言いました。

「果てしない、闇の向こうに手を伸ばそう」

このフレーズが、不確実性との戦いを表す最も適切な表現だと感じます。

そう、挑戦はブラックボックスの中に手を突っ込めるかどうか。答えを知っていて、そのさじ加減を予測出来て、その上で手を伸ばす伸ばさないを決意することは挑戦ではない。

そして、この歌詞はこう続きます。

「勝利も敗北もないまま、孤独なレースは続いていく」

競う相手もゴールも、観客もイッサイガッサイの拍手喝采もない。誰からも期待されていない。いや、そもそも、そのレースに参加する必要があるのか?そんな状況。

それでもなお、果てしない闇の向こうに手を伸ばすかどうか。

ないならないでいいのに、あるかもしれないというタチの悪さ。あるかもしれない期待感に賭けてみたい抑えがたい衝動。

その絶対孤独の中で果たして何が出来るのか。突っ込めるのか。そういう所に人間の本領が発揮される。チャレンジャーとしての資質が問われる。

貫いてみようじゃないか。どうせなら。

ちなみに、不確実性と戦う際のメンタルの置きどころはこちらに記載しております。不確実なものと戦う覚悟を持った時、自分をどのように保つか。息を吸って吐くみたいに頑張る

ビート商法


ギャップ萌えが叫ばれて久しいこの頃ですが、この世には良いギャップと悪いギャップが存在するということをご存知ですか?

「一見、チャラそうなのに実は一途だった。」

これ言われたら何となくイイ感じですよね?

ただ、これが逆になると悪いギャップになるんですね。

「一途そうに見えたのに実はチャラ男だった…ガッカリ」

言い方の問題もありますが、ネガティブ要素が後になると同じギャップでも評価が低くなるわけです。

ということはですよ、もしこれを意図的に演出、つまり、敢えて先にネガティブのイメージを人に植え付けたとしたら、後はもう自分のやる事なす事、自然と良いギャップに行き着くじゃん!

ある一人の天才がこう考えました。

その頭の良い人が誰だか分かりましたかね?

そう、ビートたけしさんです。

そういった戦略をビート商法と呼ぶみたいです。

ちなみに、「メガネなのに頭が悪い」は気持ち的に分からなくもないですが「頭が悪いのにメガネ」だと釈然としません。

これは、メガネ(をかけている)ということがポジティブでもネガティブでもどちらでもないからです。「AなのにB」のBの部分がポジティブでもネガティブのどちらかでないと接続しないということなわけです。

「メガネなのに頭が悪い」が何となく成立するように感じられるのは頭が悪いということはネガティブだからです。

ベンチャーには種の成長をコントロールすることはまず出来ません。


よく、事業創生や起業を野菜作りに例えることが多いのですが、

新規事業に挑むメンタル②野菜作り編

事業の二毛作

その続きです。上二つだけだとただ単にしんどいよってだけに聞こえてしまいますからね。

事業という種を真面目に、また、複数の畑で育てているとあるタイミングで一気に芽が出始めます。

ベンチャーには種の成長をコントロールすることはまず出来ません。また、種同士がシナジーする場合もあるからです。

かなりてんやわんやですが、それが恐らく、ブレイクポイントです。一つ一つの問題解決や進捗を積み上げていけば、もう畑を増やさずとも、今育てている事業を確実に収穫出来るくらいに成長させましょう。

 

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