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アーカイブ: 2015年5月3日

黄レンジャー


僕は意外と赤レンジャーを目指さないタイプなんですね。

赤レンジャーを目指して競争に負けるより、まんざらでもない黒レンジャーか、着眼点の速さで勝負が出来る、遅れてくる金レンジャーを目指す方がセーフティーだと。

キャラや自分の特性をちゃんと分かってる人って評価高いんですよ。

もちろん、周りからの目を気にしないであなたはあなたのままでいいじゃん!という意見もあります。それはその通りだと思います。

ただ、社会という公器に入ってしまうとそういう話ではない。僕が言いたいのは、自分が見る自分と他人が見る自分は全然違う。これはもうビックリするくらい違う。それくらい乖離があるということなんです。

例えば、黄レンジャーのキャラがお似合いなのに無理に赤レンジャーをやりたいと言うより、周囲から訴求される立場を目指した方がナチュラルな生き方なのかなって思います。

ましてや、今の時代、これだけ価値観が多様化しているから、◯◯が一番って考え方がもう成立しない(対決形式の限界)。赤レンジャーが一番かっこいい時代ではない。

もちろん、キャラクターの押し売りってことになれば、周囲から扱いを強制されるような押しつけ感満載になってしまいますが。

まとめとしては、「自分が思う自分」と「他人が見る自分(=あなた)」には大きな乖離がある。そして、その乖離を素直に埋める能力を持っている人の方が、ポジションの争奪戦に巻き込まれることなく平穏無事に過ごせて、ナチュラルで愛されると。

ここだけは覚えておいた方がいいなと思います。

それでも自分のなりたいキャラやポジションを目指すなら、それはもう凄惨な殴り合いを覚悟して戦うしかないです。

コンテンツ制作者の悪ノリ問題


信長ぶるに代表される、一見、作り手とは対立する思考プロセスを主張するのは、常識外れを居直っちゃうと、悪意はなくても知らず知らずの内にユーザーに不快感を与えてしまう物を作りがち。しかも、悪ノリ化しても面白いならいいですが劣化する。

そこに枷を与え続けないと良いものが出来ないと思うわけです。アウフヘーベンしていかないと発展性はないのかなと思います。イノベーションに過保護はない。

だから、そっち側の(ものを作っている)人こそ、常識を課す役割を与えなければならないのかなと。

確かに、毒にも薬にもならないものって面白くないんですよ。だから、どっちかにはしたい。

ところが、万能薬を作るのはけっこう難しいぞと。どうやら、毒を作る方が簡単だと。

だから人は毒を吐きたがる。毒舌キャラが花盛りなことも頷ける(そして扱い切れずの嫌われて終わる=自分の毒に毒される)。

そういう面で、Appleの審査は第三者機関を通すことで客観的なレビューがもらえるということで、コンテンツ制作者の悪ノリ問題を制御するというポジティブな捉え方をすることも出来る。

Appleさん、いつもありがとう。

いい薬です。

100回やっていいとこ3回くらいかな、打率の話


これは完全に僕の体感でしかないですが、基本的にベンチャーが作るサービスのうち、色んなことを100回チャレンジして、残るのは良いとこ3つか4つくらい。

この100回という数字はとりあえずの数字です。そこは不確実性との戦いの考え方が反映されるので、実際は100回と決まっているわけではないですし、その100回の一回一回ををどれだけコミットするかや組織体によって全然違うので一概には言えませんが、割合的にはそれくらいの生存率になる。

基本的にベンチャーのやることなすこと、毒にも薬にもならないことが多い。起業家と投資家がどんだけテンション上がっててもユーザーからしたらあってもなくてもどっちでもいいサービス。

我々はそれくらいの期待感しか持たれていないという、壮大な温度差を自覚した方が良い。だから、それを前提として、100回やれる体制を作ると。

成功することより生き残る、生き延びる、生きながらえること。それは、決して、非挑戦的でもコンサバティブでも意気地なしでもない。最低限の生存本能。そこを低く算段することがベンチャースピリッツだとは思わない。

ましてや、投資家はこの100個を100人1個ずつに分散出来るけど、起業家は自分じゃなきゃ意味がない。100分の1にカウントされているくらいじゃダメ。

 

いわゆる「持ってる」


本田選手然り、自分で「持ってるとか言う」と、とにかくぶっ叩いて、持ってなかったことにされる。けっこう反感を持たれやすい自覚症状だと思います。また、非科学的なことだから発言することは憚られるけど敢えて言います。

自分にも「持ってる」と感じる出来事が何回もあります。

「持ってる」って、成果の根拠を分析するのが面倒くさい場合に使われますが、本当に分析出来ないこともある。

成功の構成要素で書きました。成果を出すには努力とか才能とか、一つの構成要素ではなく、様々な根拠が複合的に絡み合って出来上がっていると。

それらを足しても余りある力が動いていたと感じるような、ちょっと物足りない状態、そして、その溝を埋めるピッタリな言葉が「持ってる」という要素なのかと思います。

「持ってる」人間が凄いとか選ばれたやつだとかではなく、行動してれば誰でもこの「持ってる」状態になれるってことです。

きっと成果を出した人なら必ず、自分のことを「持ってる」と、そう思わせるだけの出来事が何回もあったはず。

運命と感じることが誰にでも一度や二度あると思います。その運命めいたものを引き寄せることが、いわゆる「持ってる」ということ。

別にスピリチュアルとかじゃないですよ。

 

一人語りの長回し


よくドラマとかで、誰にともなく熱く語りかけるシーンが5分くらいあり、そこで聴衆が胸を打たれて価値観が変わるという演出があるけど、いついかなる状況下であってもそんなシチュエーションが実生活上で起こり得ることって100%ないですよね。

もちろんドラマだからと言ってしまえば話は終わりなんですけど、ちょっと恥ずかしくて思わずチャンネル変えてまうわ。

寄せ力


起業してからなのか、歳を重ねたからなのか、乗るか反るか五分五分の物事をプラスに持っていく「寄せ力」が身に付いたと思います。

それまでは、「これどっちなんだろうな〜うまくいくかな、いかないかな」というシチュエーションに対して負けを引くことが多かったんですけどね。

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