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アーカイブ: 2015年6月12日

成功者の話の方がそこら中に転がっているわけですよ。


「これでダメだったら実家に帰ろうと思ってた(でも成功したから帰らずに済んだというオチ)」みたいなサクセスストーリーをよく聞きますが、それはその状況下で成功した人にのみ話すことを許されてるわけです。それで実際に実家に帰った人の話は誰もしたがらない。

だから勘違いしやすい。「あれつ、意外と皆、うまくやってる?」「うそでしょ!出来てないの俺だけなん?」みたいな感覚にほだされがちだが、冷静になったら、やっぱり成功しない方がほとんどを占めてる。

「結果を出す」は主体的・能動的活動。「結果が出ない」は自然現象、自然の摂理。自然現象な以上、結果が出ない方が当たり前。そこに人為的操作を加えて「結果を出す」に変えていく。

何でも出来る奴ってのは、ともすれば何にも出来ない奴になりかねない。だからこそ、何でも出来る奴こそ努力を惜しんではいけない。


何かに特化した能力や集中力を持つ人間の価値が上がる中、僕が考えるリーダーとは、何か一つに特化した人間ではなく、ミスターバランサーだと思っている。

だから、僕はこれを目指す。

その一方、タイトルの通りだが、そのようなことも大いにありうると思うので、人一倍謙虚に、クレバーに。

やりたい「何」が分からない時、そんな時は「誰」を目掛けて行動してみる。


成功するのに最も手っ取り早いのが、わざとピンチを作る。ピンチを取りに行く。で、やりたいことが分からない時は、とりあえず自分が耐えうるギリギリのピンチに追い込んでみると書きましたが、違うアプローチにはなりますが、これもありだなと。

そもそも十代とか二十歳そこそこで「何」がある人の方が圧倒的少数で、ほとんどの人はそういうモラトリアムを経験して、何者かになっていくことが多い。やりたい何かを探している時間が勿体無いから、その間でもとりあえず人に出会っておく。とりあえず人ごみの中に自分を放り込んでみる。

その経験はきっといつか役に立つ。

ノンフィクション


僕はコンテンツは全て、事実を元にしようが客観的な取材に基づいていようが、そこには作者の解釈や意図が盛り込まれた、創作物だと思っております。

そういう意味では、ノンフィクションという表現は言い得て妙ですよね。

ノンフィクション=フィクションではない=創作ではない(けど完全に作り話ではない…その間を何となく感じ取って)

こうやって言葉の一つ一つを分解してみるとその言葉の生い立ちや意味合いを知ることが出来ます。

これも一種の言葉遊びですね。

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