メニュー

アーカイブ: 2015年7月

不確実性との戦い・大人編


自分の十代や二十代で起こるほとんど全ての悩みや苦しみの根源はこの不確実性だったと、不確実性との戦いの中で書きました。これが思春期の正体とも。

それでは、いつまでその不確実性に苦しめられるのか。

僕は、大人になればなるほど不確実との戦いは減っていくと思います。それは単純に成長というポジティブな面以上に、人生が徐々に確定へと向けて動いていくから。自分の限界や社会との関わり、理想と現実を知る。そう、大人の人生は決して不確実なものではない。

少し寂しい気はしますね。

不確実との戦いに悩めるのは若者の特権…

なんて、

変に物分りがいい振りをしてカッコつけるより、思春期を過ぎても少しだけ、不確実なものと向き合ってみた方がいい。愚かであってもいい。挑戦した方がいい。果てしない、闇の向こうに手を伸ばそう by ミスチル

十代は迷う。大いに。

ただ、大人も迷う。少しだけ。

それが遊び心やで。

自分の幼少期を振り返ると、とにかく、団体行動が出来ない子供だったと思います。


歩幅を合わせなければならない意味が全く分からない。ものっ凄いストレスだった。

例えば掃除ですが、もし自分一人でこの部分を掃除しなさいと言われたらけっこうやる。責任感を持って。

ところが、同じことでも、皆でやりましょう!という展開になると一気に萎える。「だったらいいじゃないですか。この人たちがやれば。僕は他のことやりますから…」っていう。

きっと、子供の頃から、戦局と戦術を一人で変えられる人。それがファンタジスタ。になりたかったんだと思います。

外に出るきっかけをくれた二人


22歳くらいまでの間(要は、社会に出ていくまでの期間)で出会った人、自分の人生を生きて行く上で影響を受けた人というのは、それ以降に出会ったそういう人とは別の存在感を発揮しているわけです。

僕にもそんな人間が2人います。

一人はTという男。具体的なエピソードをT野との思い出にて書いております。

この男からはトークで場を切り開いていくという感覚を学びました。文字通り、会話や言葉の力を使って外に自分を出していく、アウトプットをしていくということです。

自分で言うのもアレですが、これを書かないと話が繋がらないので言っておきます。

僕、高校時代、もうアイドル的人気を誇っていたわけです。わーきゃーもんです。

それが東京に来て、当然、「別に」なわけです。どうも自分を出していきにくいなと。

そんな時にTと出会いました。彼は非常にトーク力や笑いを重視する人で、ダウンタウンのまっちゃんを意識していると言うか、そんな奴でしたが、こういうアウトプットの仕方があるんだと、正直に影響を受けました。面白いは正義。

例えるなら、SMAPにバラエティーの要素を見出した森脇健児です。決してまっちゃんではないです。森脇健児です。

もう一人はKという男。

当時、21歳でカラオケ店でバイトをしていた僕に「お前は将来何になるんだ?」と聞いてきまして、当時の僕は小説家や映画監督など、芸術的なことをやりたいと思っていたのですが、そういう夢らしい夢って中々人に言いづらいじゃないですか。それで僕は何も言えずもごもごしてたわけです。

すると、

「どうせお前は起業するんだろうな」

それがもう、当たり前のように言うわけです。

確かに、その当時は1円起業が解禁されたり、堀江さんや孫さんの活躍など、世はまさに大起業時代だったわけです。

また、僕自身も中学二年の頃、「マネーの虎」に影響され、将来は起業すると豪語していたという下地もあったのですが、とにかく、起業するような奴=悪い評価ではないという部分も相まって、生まれて初めて、客観性と言うか、決して自意識ではない、人が自分をどう見ているのかということを強く意識したわけです。あぁ、人って俺のことちゃんと見てるんだな、その上でこう分析されてるんだなと。

それまでの僕は、自分が思いさえすればそれで良かったわけです。他人の意見や視点なんてどうでもいい。俺がそう望めば何でも叶うと。

そんな自意識過剰な僕に、この二人は社会に出ていくこと、外部と自分との関わりを気付かせてくれた、他意識を与えてくれました。それは非常に大きくて、凝り固まった自分からの脱却になり、後の将来のターニングポイントを作ってくれたと思っているわけですね。

 

ページ上部へ戻る