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これからも東京で消耗していくよ


某有名ブロガーさんを意識していますが、まずは東京で消耗することについてと、そこに端を発し、最終的には東京論や地方論という、大きな枠組みで、僕なりの見解を綴っていきたいと思います。

第一部:東京で消耗することって、そんなにキツイこと?

例のタイトルによって、東京=消耗というイメージが加速したことは疑いようのない事実ですし、実生活をしていて、その認識で間違いないと思います。東京での生活は消耗の連続。

ただ、「消耗=ネガティブ」か?って話なんですよね。僕の中で根本的にある発想が。

そもそもこれ、まず、地方出身者かどうかで大きく分岐するんじゃないでしょうか。消耗に対する捉え方、ネガティブとポジティブと。

僕個人(典型的な地方出身者)として、自分は敢えてその消耗戦を戦うために上京してきてるんですね。

思春期の時ずっと思ってましたもん。この町には野心がない、と。田舎の校舎の窓の外から、いつかその戦いに身を投じる姿をずっと夢見てました。

憧れてたんです。野心、自信、向上心、そういうのむき出しで、イケイケで、一種の戦闘民族なのかもしれません。もちろん、その消耗戦に勝てると思っちゃってますよ。

つまり、敢えて田舎くさい表現をするなら、「消耗上等!」って感じです。東京での消耗に対してポジティブな受け取り方をしています。反逆心にも似た感覚かもしれません。

殴り合うことを怖いとか痛いとか、全員が全員思うと思ったら大間違いで、例えばそれがボクシング選手という立場なら、殴り合いにむしろ活路を見出すわけです。そこにチャンスがあると思えるなら。

消耗も一緒です。消耗した先に野心を満たす何かがあると感じちゃった人間は、消耗戦はポジティブに見えます。

もちろん、地方出身とは言え色んな立場はあります。先ほどは自分のことを典型的な地方出身者と名乗りましたが、

東京に行きたくても家の事情で行けない人。東京に挑戦したけど地元に帰った人。いや、そもそも東京なんて全く興味ないよという人。そして、自分のように未だ東京との戦いの真っ最中の人。

色んな立ち位置がある。

ただ、どんな立場であっても、今現在、東京とどう付き合っているかは別として、地方生まれの人ってのは、18.19,20くらいの時期、あるいはそれ以降もこじらせながら、東京を強く意識したり、心のどこかにしまい込んだり、敗北感や憧れ、嫌悪感など、様々な感情を抱くもんなんじゃないですかね。地元にいる友達や家族など、自分の周りの人間含め、何となく意識しているのかなって感じることがあるわけです。色々な思いを聞きます。

いずれにせよ、地方の人は東京に対してネガティブな人もいればポジティブな人もいる、東京での生活に多様性があるわけですね。

だから、消耗に対してもポジティブとネガティブに捉える人がいるという感覚をもしかしたら東京生まれの人には理解出来ないんじゃないかな。

「東京」「TOKYO」「トーキョー」

「東京に勝つって何?」「町と戦うとかバカじゃないの?」と思われるのかもしれません。

確かに、ここら辺の感覚が分からなければ、東京で消耗することにポジティブを見出すことはあまりないのかもしれません。全く価値をなさない行為と片付けられてしまうかもしれませんね。

だから、一つキーポイントとして地方出身かどうかってのは重要なんだろうなと思ったわけで、東京生まれの人が、東京で消耗している地方出身者たちのことを俯瞰して見る行為自体、ちょっとズレてると思うし、あまり意味をなさないと感じました。

実際、某ブロガーさんにどれだけ煽られても何とも思いません。僕は。

もし、東京生まれの方で、そこら辺の感覚、イナカモンゆえの上昇志向みたいなものを理解したいと思われる奇特な方がいるのなら、長渕パイセンの名曲「とんぼ」を聴いて頂きたく思います。あぁ、こういうことなんだ、と参考になることでしょう(その対義語はDragon AshのGrateful Daysということになりましょうか。ただ、安心して下さい。地方出身者は既にこの曲の有名な歌詞を何百回も聴いてますし、口にしているので、東京生まれの感覚は既にインストール済みです)。

ただ、そこら辺のズレはあるものの、「東京で消耗してるの?」という一言が、「地方論・東京論」に大きなインパクトを与えたことは事実だと思います。ここまでバズってる裏には多分、そういう、東京とどう向き合うか、みたいな、普遍的な若者の葛藤を大いに刺激し、これからの地方のあり方、目指し方、あるいは大袈裟な話、これからの日本を考えるきっかけを投げかける形になったとは思います。

まずここまでをまとめると、

①某ブログでは東京で消耗することをネガ前提で描かれているが、地方出身者の中には僕のように好き好んで消耗戦を戦っている奇特な人もいる。むしろ、そう思える自分がけっこう好き。

②そして、東京生まれの人は東京での生活に多様性がなく、多様性がないからこそポジな側面が抜け落ちている。
その状態で消耗=ネガと煽られても全く影響がない。だって、僕らの気持ち(上記①)を分からないじゃん。いちいちむかついたりする必要がないし、ましてや炎上するのも分からない。

③ただ、どういう立場になったとしても、年頃の若者にとって上京するのしないのという出来事はそれなりに大事で、「東京で消耗してるの?」という煽り文句が、その葛藤に大きな刺激を与えるキャッチコピーであることも事実なんだなと。そして、僕自身、それに感化されたので、東京で消耗するということがどういうことか、それのみに結論を出して終わらせるのではなく、大局観を持って自分なりの東京論・地方論を掘り下げてみたいなと思うに至りました。

そして、ここからは、僕が東京で十年選手として消耗戦を戦い抜き、酸いも甘いも感じ取った中で、上記のテーマ「地方論・東京論」みたいなものに対して、ガチャガチャ述べていきたいと思います。

第二部:僕らはこれからも消耗を続けていくのか?そこに活路はあるのか。

地方から東京に遊びに来た人が、「東京すげー」みたいなことを簡単に言います。まして僕は赤坂とか六本木とか、うぇいうぇい系の町を生活拠点にしているので、友達を案内すると物凄いカルチャーショックを受けて帰る。

さっきから散々、「俺は消耗戦したくて上京してきてるんだ」、「消耗なんて屁でもねぇ」と宣ってきてアレなんですが、もちろん、そういう生活を勝ち取るまでに、数限りない劣等感や敗北感を味わってきましたよ。そりゃ、何度も打ちのめされました。すっごいストレス感じて、自分の脆弱さに何度膝をつきそうになったか、そんなの数限りない、その頻度たるや、「君は毎朝食べるパンの数を今まで数えているのかい?」と言いたいレベルです(ただ、それすらウェルカムだったって結論なんですけどね)。

東京に勝ちたい、東京に自分のポジションを作りたい、東京に必要とされたい、東京に、東京に、東京に…(もう一度言いますが、東京生まれの人は是非、長渕パイセンの「とんぼ」、つまり、「死にたいくらいに憧れた東京のバカヤロー」という感覚を思い出して下さい)。

だから、消耗がポジだと言っているだけで、そこにしんどさがないとは言ってないわけですね。そのしんどさすら含めてポジなわけです。

もちろん、ドMと言われればそれまです(ただ、人生に対するM度と異性に対するそれとは根本的に違います。従って、よく合コンなどで、聞いてもいないのにやたらとSアピールをしてくるような、Sな男がカッコイイと頑なに自分のなりたいキャラ設定を押し付けてくる感じのM批判みたいなのはしないで欲しいです)。

救いがあるとすれば、東京に残っている人間というのは、それまでの人生の中で東京に勝ったと、少なくとも東京での生活に多少なりとも手応えを感じたことがあるんだと思います。だから、この戦いはやめられない。

これが、東京で消耗を続けている人間たちの、東京に残る理由です。少なくとも僕は、これからも東京で消耗を続けることでしょう。救いようもないアレとはこのことです。

やっぱりサイヤ人ですからね、戦って戦って、死にそうになるくらい戦って、そうやってスーパーサイヤ人を目指したい。

でも、それはあくまでも一個人の生き方のこだわりでしかないということを強調しておきます。

そしてここからは、大きく時代が変わり、自分自身の年齢も変わり、東京と戦う病をこじらせたかつての自分ではなく、もう少し冷静に物事を考えられるようになった自分の見解を書き綴っていきたいと思います。むしろ、ここからが本意。

第三部:これからの若者はどこを目指すのか?

僕の中には群馬県太田市(僕の出身ですが)代表として東京に対峙しているという意識があるわけです。そのアイデンティティーがあるから東京と戦うという発想になる。

冒頭で、東京生まれの人にこの感覚が分からないと書きました。当たり前ですね。東京生まれの人は「ヨソの町」代表になることはありません。

従って、町vs町の関係になれない。だから、町と戦う意識が薄い、薄いと言うか存在しない。当然、踏みにじられたり、ねじ伏せられたりという感覚がないので、スーパーサイ○人にもならない。

でも、この「ヨソの町代表的な発想」というのははっきり言って、前時代的な話です。インターネットが普及していなくて、情報に大きな隔たりがあったから生じる村根性なわけです。今の時代、地方にいながらも東京のことを何となく知ってる。だから、田舎町代表として東京と向き合う濃度が薄れています。

そして、これはすなわち、地方創生などでよく出てくる「東京VS地方」という対立構造自体、もう意味をなさないということでもあると。当然、田舎暮らしと東京での生活を比較する意味も一切ない。

具体例を挙げるなら、例えば福岡市。噂には聞いていましたが、福岡市の盛り上がり方すげーなと。びっくりしたわけです。特に繁華街の熱気とか半端ない。福岡は何でしょう、町が完成されているって感じです。東京から来た人の優位性が通用しない。「東京モン?だから?」みたいな感じ。そして、そこに変な劣等感、負け犬根性がない。僕が福岡に生まれていたら、変に意識するあまり、東京にケンカ腰になることもなかったんだろうなと思いました。喧々した所がないまま、高い幸福度を味わいながら人生を送れたかもしれない。

程度の差はあれど、地方都市はこんな感じになっていく(なっていくという未来予想図ではなく、むしろ、こうなっていくべき、の方が近いですかね)。

今日日(きょうび)、薄汚れたバッグとギターだけ持って「今から東京に喧嘩売りに行くぜ」とか、そんなものはないわけです。東京の住生活の情報があちこちにありますから。「私は田舎を捨てたのよ」なんて、演歌歌手でも言わない、むしろ、そんなこと言いたくても言えない。SNSがあるから、何となく、知れてしまう。

これは、良くも悪くも東京での成功にダイナミズムがなくなったことを意味しますが。

なぜそんなことが言えるか。これは、世代が深く影響しています。

僕の同時代(1984年生まれ)っていうのは、インターネットの普及による情報化社会の成熟度がかなり際どかったんですよね。ITバブルはちょっと上ですし、ゆとりやさとり、ミレニアムでもない。Windowsとスマホの中継ぎだったので、どちらもかすってない。

そうなると、自分が上京を考える頃っていうのは、まだパソコンやインターネット環境が整ってる家庭の方が珍しいわけです。つまり、当時18歳そこそこの自分には、ギター一つで東京に出てくることがまだリアリティーがあったので、ちょっとカッコよく見えましたし、SNSもないので、私は故郷を捨てて東京で別の自分になるみたいな、そういう変身願望を満たす厨二病的展開もあり得たわけです。

だから、谷間世代を生きた世代だからこそ言える。

そこからの情報化社会のスピードは皆さんの知る所ですよね。僕らより3,4歳年下以降の人たち、デジタルネイティブな人たちは、そういう情報にいとも簡単にアクセス出来ることが基礎力として備わっているわけです。

当然、薄汚れたバッグとギターだけ持って東京出てくるやつは「ただの情弱でダサいやつ」なわけです。変身願望もくそもない。まぁ、ある意味夢も希望もない。

東京が死にたいくらいに憧れる存在ではなくなった。そんな今の状況なら、切った張ったの消耗戦を戦いにわざわざ上京しなくてもいいんじゃないかと、素直に思います。そこまでする価値はもうないのかもしれない。Iターン、Uターン含めて。

何となく、結論が見えてきましたね。

東京にこだわる方が垢抜けないという逆転現象が起きている今、東京を目指さず、地方にいながら世界に出たり、最初からそういう視座の高さで人生を設計することが、これからのスマートな生き方だと思いました。

いつまでも消耗戦をやってる僕らを、その次の世代の人に「いつまで戦ってるの?」と言われるのは至極もっともな話です。その投げかけだけはやっぱり的を射てる。時代は確実に変わるよ。

以上、長くなりましたが、お付き合いありがとうございます。

ちなみに、ここら辺の上京するのしないのをテーマにした小説を書きました。

二十歳の恋の物語

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鹿山瞬

鹿山瞬

代表取締役株式会社INJUS
スマホアプリの開発を軸に、名刺やホームページの制作・運用、記帳代行、その他下記自社サービスを展開する会社の創業者です。 ①G2Oマーケティング ②顔パス ③TAXi ④Connector カバー画像の「唯才是挙」とは、三国志の曹操から引用しています。

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