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過小評価


「売れる前から知ってたよ。知ったかぶりを着こなして」

19(ナカムラミツルさん)の「すべてへ」という曲の歌詞にそんなフレーズがあります。凄い闇の深さだなと。

自分の人間性を軽く見られたこと、事業を認められなかったこと、何か分からないけど何となく振られたな躱されたなと思うこと、過小評価されたと思うことは何度もありたした(自分のことを過小評価と言ってしまう辺り、ただの驕りもあるのかもしれないが)。

でも、そのような評価を下した人たちの鼻を明かすために起業したわけではないので、自分の崇高なモチベーションをそんなことのために使わない方が良い。そんなネガティヴな気持ちはとっとと禊落としてこい。

過小評価され過ぎると、され続けるとものすっごいストレスで、成果を上げた時、「どや!」と、イキりたくなる。

調子に乗っている芸能人とか、「あの時天狗になってました」的な暴露系のテレビ番組とかを見ていると、「もし自分があの人の立場だったら絶対そんなことしないのに。謙虚に、人付き合いをうまくやって長くテレビに残り続けられるように振る舞うのに」と思いますが、恐らく、当事者たちはそこに至るまでに散々、辛酸を舐めてきたんでしょう。外野からは見えないストレスが半端なかったんだと思う。

その闇を通りくぐり抜けてきたから天狗にもなるし、「ちくしょー」からの「どや!」っていう精神状態になるんでしょうね。その人たちだって、最初は謙虚に思ってた。でも、謙虚ではいられなくなっていく。

それをその地点に達していない人間がたらればで語ることに何の意味もないわけですね。その闇の深さまでは生きた気になれない。当事者じゃなければ想像出来ない。

「成功した人ですら」なわけですから、未だ道半ばの人が抱えてる闇の深さはもっと深い。当然、その闇をぶちまけようものなら、それはそれは物凄くどろどろに濁る。決してみっともいいものではない。まして、SNSが発達し、結果を出していない人でもその過程で不特定多数の人に発信出来るようになったわけです。

多分、色んな人の「こんな凄いことしてます」投稿を目にすると思う。そんなのばっかり目に付くことと思う。それを横目に、華やかなことしてんなっていう劣等感ばかりが芽生える。

「俺だってこんなことしてんねん!」「こんな人と打ち合わせしてんねん!」「こんな戦略考えてて、これがこうでこうするとあぁなんねん!」「凄いねん!俺、凄いねん!頑張ってんねん!」

堪えよう。その感情は自分のところで殺そう。そんなの口で説明したってどうしようもない。

もちろん、凄い人しか発信しちゃいけないことはないです。発展途上の様子を呟いたっていい。プチ成功体験を披露したっていい。

ただ僕は、そんな針の筵みたいな状況の中、言いたい気持ちをぐっと堪える。成果だけで主張する。実際にしたこと、成果物しか呟かないようにしている。

「願い事を他人に伝えたら叶わない」を唯一論理的に解説する理屈だと思う。

そういう姿勢、願い事を易々と言わない姿勢はストイックかつクレバーで、賞賛や尊敬に値する。実際、本業できっちり成果出してる人はそもそも自分語りやブランディングに大声を上げない。

ならず者、ならざる者、なれぬ者、何者にもなれぬ者、そんな人間が何者かになっていく。それは絶対に間違いないから。

「俺はこんなもんじゃない」「これは繋ぎ」「これは仮の姿」

そう思ったっていい。実際、僕もそう思ってた。そう思ったっていいから、ただ、それは口に出しちゃいけない。周りに吹聴してはいけない。

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鹿山瞬

鹿山瞬

代表取締役株式会社INJUS
スマホアプリの開発を軸に、名刺やホームページの制作・運用、記帳代行、その他下記自社サービスを展開する会社の創業者です。 ①G2Oマーケティング ②顔パス ③TAXi ④Connector カバー画像の「唯才是挙」とは、三国志の曹操から引用しています。
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