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アーカイブ: 2015年11月

僕の悩みは、不屈の精神持ち過ぎて、「これで最後、今回がラストチャンスな」って気になれない。また次あることが確定している。


諦めるよりしがみ付いた方が楽なことだってある。それはそれで思考停止。

起業するということ自体、それ以外(少なくとも就職する)という選択肢自体を持ったことがない。完全に抜け落ちていた。

だから、就職と迷った経験とか、会社を辞める時の不安とどう向き合ったか、そこら辺のアドバイスが絶対的に出来ない。

あまり登壇ウケしないタイプですね。

多分、僕は取材とか対談とか登壇とか、そういう華々しい所に絶対に呼ばれない道を進むと思う。

イノベーションジャストの事例


ピッチパーフェクト観たんですね。凄い面白かったんです。稀に見る面白さだと。実際、評価を見てみると、高評価のレビューが多く、女性からの支持も多くあるようでした。むしろ、圧倒的に高評価。

けっこう印象的だったのが、主人公のルームメイト(韓国人)の女の子が、友達とVRディスプレイを装着してゲームに興じるのを冷めた目でやり過ごすシーン。明らかにそっちをダサいと認定した上でのあの演出でしたよね。

こういう視点を持つ人も一定数いて、いや、むしろ、ダサく見る人の方が圧倒的に多いんじゃないか?「技術の進歩うぇい!」という価値観の中で生きてると、非常に違和感があった。「ゲームにイノベーション!」とか言える感じじゃなく、純粋にゲーマーをダサく、恋したりダンスしたりキスしたり、古き良きアメリカの青春文化・リア充文化の方をカッコ良く思ってしまった(もちろん、そういう風に演出してるから当たり前ですが)。

この温度差なんですよね。この感覚なんです。何回も僕が言っているイノベーションジャストは。

昔は、意識低い方がカッコいいとされていた。ヤンキーとか無気力とか。

それが今では逆転してる。(詳しくは「今俺たち、最先端なことやってるぜ!」って思った瞬間にアウト。に書いてます)。

ただ、逆転してるのはあくまでも一部で、大多数は依然として古き良きアメリカの青春文化をポジティブに捉えるわけです。この事実に騙されないようにしないと、強いサービス作れないんじゃなかろうか。

そして、この異なる感覚を両立させていることが大事だし、両立可能な世の中になってきました。ヲタクこそリア充になった方がいいし(少なくともそれを目指した方がいいし)、逆にリア充でうぇいうぇい系の人がプラグラミングやデザインなんかを学ぶことで大きな強みになると思う。ハイブリッドな人間を目指そう。

余談ですが、イノベーターをカッコよく描いたはずのスティーブジョブズの映画が一般的に評価されないのも頷ける。世の中の母数はまだまだ大きな傾きがあるということですね。

田口、KAT-TUN辞めるってよ。


FacebookやSNSのアクティブ率が低く、ネットやwebからではリーチ出来ないセグメントというのはあるよなと、それもかなりの数いるよなとずっと思ってまして、その考えがそれなりに信憑制と効果が出てきているわけです。

そこら辺はちょっともう、アドテクノロジーで対応出来ないわけです。FacebookじゃなくReal Faceじゃないと。

原始的であればある程、リアルでしか繋がらない、リアルでしか信用されない。

電子書籍が出ても紙の本がなくならないのと同じ理屈で、アドテクノロジーに関しても同じことが言えますね。

ということで、ギリギリでいつも生きていたいと思いますね、はい。

ごちゃごちゃ言ってないで、じゃあ、お前がやれ!SNSで批評家を気取ってないで。


出来ない、そもそもやらせてもらえないわけでしょ?能力が足りてない、努力が足りてなくてそのポジションなんだから、少し黙れ。

凄い人しか発信しちゃいけないことはないけど、やらなくても気持ちよくなっちゃう人たちで溢れた社会に魅力はない。

ジャンヌダルク症候群


イノベーションの押し売りとも言う。

実際そんなことないのに、あることないこと、「あいつらがいるからあの人たちは困ってるのよ!私が解放しなきゃ!」という、ボトルネック解消型の傾倒をしてしまい、それなくしてアイデンティティを主張出来ないくらいまでになってしまう、本末転倒な状態。社会起業家に多い。

もちろん、起業は誰かの悩みを解決するを担うべきだと思いますし、そういうニーズを満たすからこそ、お金を払ってもらえる。

そして、多くの現代の起業家がそうであるように、ITを活用したがる。確かに、ITというのは間に入っているボトルネックを排除し、情報と情報をダイレクトにぶつける強みがある。だから、自ずと、自分の立ち位置がボトルネックを取っ払うメシアになりたがる。

ただ、それは本当に相手の問題を解決したいからくる衝動なのか。そもそも、相手は本当にその問題に頭を悩ませているのではないか。別に、そんな需要、本当はないのではないか。

具体的に例を出すと、我々一般の人って、「農家とJTって仲が悪く、農家はJTという中間業者の存在を疎ましく思っている」と思っているじゃないですか。そこを勇んで、「よし、俺がそれをぶっ壊して、農家と一般消費者を直接取引きさせたろ、そうすることでJTが取っていた中間マージンを農家と消費者に還元しよう」みたいなこと言い出す人いるじゃないですか。

農家は分からないのですが、そんな話を漁師としたことがあります。漁師にとってのJTって漁協になると思いますが、どうも漁師と漁協ってそういう関係じゃない。別に漁師にとって漁協はボトルネックではないわけです。

そこをジャンヌダルク精神を使って、ぶち壊そうというのは、果たしてイノベーションなのかと、そういうことです。

確かに、仮想敵を作るというやり方はあらゆる方面で重宝します。新規事業着想のメソッドだったり、自分を知るという普遍的な営みだったり。それもそのはず、これも弁証法を使っているわけです。

ただ、仮想はあくまで仮想だということを意識しよう。それも客観性、自分自身を冷静に見るという真摯な姿勢です。

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