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カテゴリー: 群馬びいき

手紙〜拝啓 十五の君へ〜


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みんな尖ってて、
みんなワルくて、
みんな怒られて、
みんな先が見えなくて。

でも、めちゃくちゃ必死に生きてきた。そして、これからもめちゃくちゃ必死に生きていく。

尖らず、ワルぶらず、なるべく怒られず(笑)
きちんと先を見据えて。

2020年以降の地方都市の生き残り方


群馬県太田市のスペックでも書きましたが、地方都市の生き残り方として観光が全てではないわけです。

確かに、今は何となくインバウンドな流れが強く、2020年、一発ブチ上げてドン!な気持ちは分かります。当然、都市に求められる機能として、商店やデパートなどの商業的意識、集客してやるぞという気概がフューチャーされがちですが、そこで勝ち逃げや売り抜け出来る人ばかりじゃない。むしろ、観光が冷え込んだ後、地方がどう生き残るのか、これからの若者はもろその問題にぶち当たる。

東京オリンピックにわらわらと群がっているのが年配の方たちばかりで草生えるが、変に踊らされず、若者たちには是非この問題に目を光らせておいて欲しいです。

さて、件名の2020年以降の地方都市の生き残り方に関してですが、僕の見解として、観光に傾倒するより、工場としての機能をきっちりこなしている方が安定感があるように思う。産業競争力。

そのためには、すでに強い地場産業があり、災害面で安全安心で、足腰の強い市民と政治家が揃っていることが望ましい。そういう面で太田市は全国でも優良な地方都市だと思います。

 

外国人誘致に積極的に、好意的になった方が良い。


群馬県太田市は工場地帯なため、外国人労働者が非常に多く、家族で住んでいる方もいます。

僕が小学生の頃から、一クラスに一人は外国の同級生がいました。

この間、知人に六本木を案内した所、この街のエネルギーはきっと、外国人がもたらす感覚が影響されて生まれているんだ、みたいなことを言っていて、なるほどなと。

日本人にとって外国人が絡むパワーって凄い。そういう面では、太田市はその文化を大切にした方がいい。

故郷を振り返る機会


大学に入学してからの十年間は、ずっとひたすらアクセルベタ踏みで走り抜けてきて、群馬に帰ることなんてお盆や正月のせいぜい三日四日泊まるくらいのものだったけど、母が亡くなり、その後すぐ、縁あって選挙の手伝いをすることになり、一ヶ月ほど帰省することになった。

選挙では街宣カーに乗り、太田市の町中をくまなく見て回った。

中学時代の友達と再会する機会も増え、初めて南一番街(北関東最大の歓楽街)に飲みにも行った。

そういった一つ一つが重なり、故郷に対しての思いの変化があったのが三十歳。

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